再生への旅

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zoom RSS 自問自答の人生。

<<   作成日時 : 2018/09/04 06:13   >>

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謎解けぬままに老いたる木の実かな  玉宗



人を変え、人を育てるもの。それは出会いであろう。生老病死、四苦八苦、吉凶禍福、毀誉褒貶等々、様々な出会いがあって、選ぶことができず、選ぶ必要もなく、全てがわたしの学びの糧、全てが私の鏡であることを知れば、儚い一期一会の人生に生まれ落ちた意義といったようなことも、自ずから得心できるのではないかな。

なにがあってもなんともない。すべてが私の命の花を咲かせる縁。縁という大いなる世界からの慈悲の潤いといったようなことではないかな、この世の出来事は。自惚れも、卑屈もいらない。煩悩や執着を越えている世界で、今も、ここに生きている。

いのちは一度だって迷ってはいなかった。事実に随い、流れに順うだけの話。畢竟、わたしは私になるために生まれて来た。さて、問題はその私とは何だということなのだが、それは果たして問題なのだろうか。私は答えとして答えの真っただ中に生まれてきたのではないのか。問題を抱えて生まれて来た訳ではあるまい。

答えそのものの自問自答とでもいうべきか。これから成仏するのではない。既に成仏の命を生きていることに目覚めるということ。私が私になるだけのことに天地の計り知れない采配がある。そのような世界への、自問自答の寄り添いがこれからもまだ続くことであろう。




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「ないしょ」

隠れん坊の鬼が見つけし草の秋

椿の実未生以前の固さあり

手短に咲いてみせたる茗荷かな

受け流す手弱女ぶりや実むらさき

だらしないやうにも垂るゝ糸瓜かな

ないしょないしょ風船葛筐なして

捨て置きし如くに実る南瓜かな

雁来紅や机並べし友も去り

青ざめて葉陰に垂るゝ瓢かな

歯応へのなき無花果に齧り付く

月よりの風に破れし芭蕉かな

秋海棠赤き滴の花垂れて

老い先は仄々生きめ医者いらず


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「風水」

無花果の不埒な甘さかと思ふ

老い先はほのぼの生きめ医者いらず

抽斗の中は楽園小鳥来る

おどしとは申せへのへのもへじとは

大いなる風に破れし芭蕉かな

韜晦の庵に醸す猿酒

龍を呼ぶ風水律の調べあり

明日へと引き揚げてゆく鰯雲

台風の近づく臍の暗さかな

枕辺に引き寄せ燈火親しめり

糠床を励ましにゆく星月夜







      

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