今日の一大事因縁・成道会

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手に享けし成道粥のすぐ冷えて 玉宗
 

 釈尊成道の古を慕って十二月八日に行われる法要を釈尊成道会という。僧堂では一日から報恩接心が修行され坐禅一色の弁道となっていた。世の中は師走の繁忙期であるが、修行僧は腰が抜けるほど坐ることができる勿体なくも有難い時間ではある。言い方を換えれば、仏弟子の面目を施すことが出来る絶好の機会。

七日は夜通し坐り、日付が変わる八日夜半、大開静。法堂に上り、小参問答。終って漸く打眠できる。その日の起床は大放参で、年に一度、天下御免の寝坊が出来る。朝粥は成道粥の故事に習って「乳粥」を作る僧堂もある。法要では手のひらにひと匙分けて貰い、舐めるようにして戴くのである。

明けて日中に正当成道会諷経。引き続き、九日夜に二祖慧可大師報恩断臂接心。
一連の報恩行持が済むと僧堂にも人の気配が戻ってくる。その後、大掃除となり本格的な冬用意。文字通り、走り回ることになる師走年末への助走である。

釈尊の成道の星の下、これまでどれだけの仏弟子がその星を仰いだことだろうと思う。

「上堂。釈迦牟尼仏大和尚、菩提樹下に在りて、金剛座に坐して、見明星悟道して云く、明星出現の時、我と大地有情と同時成道」

「我と大地有情と同時成道」が眼目であることは言うまでもない。
「悟」も「迷」も取るに足りない宗門の坐禅。坐る前に決着しているに越したことはないが、「迷悟」と共にあり、大地有情と共にある自己の正体を晦まさないことが一義的に求められる。成道が同時でなければならない所以であろう。

「多處添些子 少處減些子」
私のようなものが「悟った」としても未だ迷悟の分際である。生死を忌避できる訳でもない。いわんや迷っている人間をや。そうではあるが、多や少と一体であるところの些子でもあることを覚るに越したことはない。

吐く息、吸う息、一瞬一瞬が天地とともにあるという事実がある。悟っても、迷っても、私がいてもいなくても、もの足りないままでもの足りている、なんともなくて有り難い、そのような「今、ここ」がある。自己が自己に落ち着く以外に修行の本懐はない。

ということで、私も組寺での成道会逮夜法要に随喜してきた。
法要では本堂正面の須弥山壇上に「出山釈迦」の軸や仏像が掲げられる。痩せさらばえ、肋骨が浮き出て、髯茫々のお釈迦さま。六年にわたる苦行を続けたが、苦行のみでは悟りを得ることが出来ないと雪山を出る。修行を中断し体を清めるため付近の尼連禅河に沐浴をした。沐浴から上がられたお釈迦さまへ、村の娘・スジャータが食事(乳粥)を施したという。お釈迦様はその後、菩提樹の下に坐られ、明けの明星の下で正法を悟られたと伝えられている。

その因縁を慕い、お寺では成道会法要においてお粥を戴くことになっている。輪島のお寺では乳粥ではなく、小豆粥である。五味粥とも呼ばれるように五穀米を粥にするところもあるらしい。その小豆粥も砂糖がたっぷり入っており、甘く濃い。お勤めの最後にお坊さんから手ずからお粥が配られる。参詣者はそれを手のひらに小さじ一杯分づつ乗せて貰い、今年一年の無事への感謝と、来る年への無病息災を祈りつゝその功徳とご利益を戴くのである。

釈尊の成道という源泉、或いは原石、いのちの輝きがあったからこその今の我々である。諸行無常の人生で、折に触れて釈尊の輝きを戴き、いのちを学び、自己を励まし、生きる力を育てて生きたいものである。

法要が終り、お坊さんは例年軽い夜食を戴いて帰るのだが、今年はコロナ禍ということで自粛。例年夜の10時近くに自坊へ戻るところを早めに帰ることができた。夜道を歩きながら風音が耳につく季節となったことを実感する。今年も一年間恙無く行持を勤めることができたことに自然と感謝の念が湧く。風に星が吹き飛ばされそうな夜であった。



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「信心」

暁の星冴え釈尊開悟の日

信心の手のひらに受く小豆粥

土に生き水に仕へて手足荒れ

主なき家に柚子の実たわわなる

枯れながら蔦の絡まる無縁仏

夜咄の席に紛れし尻尾かな

厚着して根雪の里に念佛す

渡るべき三途の川も涸れにけり

順番に亡者を送り焚火守

狐火や石も仏となる国の

報恩講二十日鼠の出る頃ぞ

青女来て吹き消す草の穂絮かな

冬菊の一輪灯し地蔵尊

湯冷めして不信募らせゐたりけり



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「男」

着膨れてここにゐますと仄暗き

干柿のいよよ粉を吹く虎落笛

はからずも男に生まれ寒がりぬ

枇杷咲いて湯気に曇れる厨窓

腐れ落葉樋に閊へし寒暮かな

雪が来る空かうつろに漱石忌

五時からの男が通る冬木立

添ひ遂げるつもりの畳替へにけり

星凍つる風に吹き飛ばされぬやう

煎餅を酒の肴に冬籠

狐火の一つは男の子飛び跳ねる

一日の難なく終る柚子湯かな



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