初心に生きる



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子を呼んで初めての雪仰がしむ 玉宗


 永平道元禅師御撰述『学道用心集』の中に「有所得の心を用つて佛法を修すべからざる事」という項がある。

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 右、仏法修行は、必ず先達の真訣を稟て、私の用心を用いざるか。況や仏法は、有心を以つて得可からず。無心を以て得べからず。但だ操行の心と道と符合せずんば、身心未だ嘗て安寧ならず。身心未だ安寧ならずんば身心安楽ならず。身心安楽ならずんば、道を證するに荊棘生ず。所謂操行と道と合して、如何が行履せん。心取捨せず、心名利の念無きなり。仏法修行は是れ人の為に修せず。今世人の如き、仏法修行の人、其の心と道と遠くして遠し。若し人賞翫すれば、縦え非道と知るも、乃ち之れを修行す。
若し恭敬し讃歎せずんば、是れ正道と知ると雖も、棄てて修せず。痛ましき哉。汝等試みに心を静かにして観察せよ、此の心行、仏法とせんや、仏法に非ずとせんや。恥ずべし恥ずべし。聖眼の照す所なり。

夫れ仏法修行の者は、尚お自身の為にせず、況や名聞利養の為に之を修せんや。但だ仏法の為に之を修すべきなり。
諸佛の慈悲、衆生を哀愍するは、自身の為にせず、他人の為にせず、唯だ仏法の常なり。見ずや、小虫畜類すら、其の子を養育するに、身心艱難、経営苦辛し、畢竟長養すれども、父母に於いて終に益なきをや。然れども子を念うの慈悲あり。小物すら尚お然り、自ずから諸佛の衆生を念うに似たり。

諸佛の妙法は、唯だ慈悲の一條のみにあらず、普ねく諸門に現ず。其の本皆然り。既に仏子たり、葢んぞ仏風に慣らわざらんや。行者、自身の為に仏法を修すと念う可からず、名利の為に仏法を修す可らず、果報を得んが為に仏法を修す可からず、霊験を得んが為に仏法を修す可からず、但だ仏法の為に仏法を修す、乃ち是れ道なり。


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 『学道用心集』は宗門にあっては初心参学の心得として位置付けられていよう。私も最初の僧堂で講義を受けたのが『学道用心集』であった。然し、初心を侮ってはいけない。この年になって改めて強く感じるのは仏道とは「初心の中の弁道」であることを事あるごとにしらされるのだ。

 ということで、話は変わるが、その初心の大切さを今年も又寒行托鉢をしながら自分に言い聞かせている私がいる。

四十年近く寒行托鉢をしていると市内の路地の隅々まで熟知している。そして時の流れを如実に実感することもまた少なくない。昨年まで声を掛けてくれたおじいちゃん、おばあちゃんが今年は出てこなかったり、年賀欠礼の貼り紙を玄関先に見るたびにそれぞれの家も世代交代していることを知らされる。人災天災有為転変があり町の様子も変った。当に諸行無常である。あの顔この顔を思い出して往時の信心深い人たちとの過ぎ去りし日々の面影にひととき浸ったりしている。

 そして、お寺の住職となってどれだけの人を教化し仏道への覚醒を促すことができたのだろうかと思ったりもする。畢竟、一代限りの仏法の機縁、出会いであるのかもしれないと知らされる。仏法は永遠なるものだが、それを現成させる力量が試されて来たこの四十年でもあった。

興禅寺は檀家が三十軒ほど。永福寺は檀家なしだが、信者がいる。檀家と信者。寺檀関係があることとないことの現実の諸相がある。檀家があることで頼りになることもあるが柵になることもある。信者という寺檀関係がない不特定多数の住職の力量が左右する信仰者の醍醐味がある。

 いずれにしても本来どちらも住職と檀家信者一人一人との親密な仏道の共有が欠かせない。そのようなことも含めての住職の力量である。今更のもの言いではあるが、住職になるとは檀家信者と共に仏道を歩む人間のことだと思っている。

そんな理想に生きて来てのこの歳月。私はどれほど仏法のために尽くしたのだろう。初心を変質させずに生きてきただろうか。忸怩たるものがあることを否めない。そうではあるが、家族は別にしても、少ないながら市堀玉宗という仏弟子にして社会人である人間に寄り添ってくださってる檀家、信者がいることも事実である。

 そしてそのような恩恵をも含めてすべてが私を限りとしての出会いであることを知らされるのだ。これは烏滸がましい言い方かもしれないが、換言すれば、私の生き方一つで仏法がないがしろにされたりされなかたりするという厳粛な事実があると言うことでもある。だからこそ初心を侮ってはいけないのである。そのようなことが腑に落ちればれば「初心」とは「無心」又は「無常心」と同義であることを知るだろう。

 仏法のために仏法を修しているかいないか。求めず貪らず侮らず慢心せず、きれいさっぱり今に力を尽くして消えてなくなる無心の真偽、無常心が試されている。


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「亡者の爪」
人日や亡者の如く爪伸びて
七種を食ふに駆けずり廻りけり
薺粥能登の粗塩少しふり
雨風に耐えたる松を納めけり
守がちの神の國なる軒氷柱
隙あらば牙剥く猿を廻しけり
吹き上がる外浦の風水仙花
なまはげに抱かれしよりの放浪記
宝引を見事に当てて気が触るる
能登沖に日の落ちかかる浮寝鳥
腹の上に子を眠らする吹雪の夜


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「代償」
北前の湊伝へ風花す
水鳥を見ながらスマートホン操作
冬の蜘蛛賽銭箱に入らむとす
この吹雪はもうヤケクソではないか
雪女だつたやうだねさつきのは
クリスマスローズ愛とは何か包むこと
幸せの代償として葱を切る
雪を掻く顔が段々マジになる
湯冷めしてそれどころではなき顔に
その中の少しはマシな年男



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